サニー発売に遅れること5ヶ月、1966年9月に「カローラ」という車名と、セミファストバックスタイルのボディの一部のみを見せるティザー・キャンペーンが行われた。この時から用いられた「プラス100ccの余裕」というキャッチコピーは、新開発のK型水冷4気筒5ベアリング・ハイカムシャフトOHVエンジンの排気量(1100cc)を表現したものであり、もちろん、1000cc、でデビューした「サニー」に対しての、宣戦布告であった。同時に「日本のハイ・コンパクトカー」を自称して、「パブリカ」や、あるいは同クラスの他社製品より上質であることを訴えた。
初代カローラ(E10系)は翌10月、東京モーターショーで発表される。同年10月28日には「お茶の間発表会」と銘打ち、当時トヨタが提供していた日本テレビのゴールデンタイム(午後9時からの1時間)に特別番組「カローラ・ビッグバラエティショウ」を放送、梓みちよ、北島三郎、坂本九など、当時の流行歌手が出演した。
このような発売前の大々的なキャンペーンを経て、カローラは翌11月に発売された。各グレードの販売価格は、スタンダード432,000円、スペシャル472,000円、デラックス495,000円であった。「100ccの余裕」は、余裕を謳う反面、税制上は不利であったが、事前のキャンペーンが功奏し、販売台数はサニーを上回った。