2008年02月10日

トヨタカローラの10代目

2006年10月10日にモデルチェンジ。今回、セダンにはサブネームが付いた「カローラアクシオ(COROLLA AXIO)」の新名称で一新[74]。このネーミングは「品質」「価値」を意味するギリシア語の「AXIA(アクシア)」に由来する。一方、ワゴンは9代目に続き「フィールダー」の名称で展開される。なお「ランクス」の名称で展開してきたハッチバックは、後継車として3ナンバーサイズの新型欧州戦略車「オーリス」を導入することとなり、カローラランクスの名前は1代限りで消え、カローラの派生車種から再びハッチバックが消滅した。また、オーリスの上級仕様である「ブレイド」も発売された。 10代目のキャッチコピーは「新しい尺度。」、「今度のCOROLLAはよくしゃべる」。

歴代カローラのセダンとしては非常に珍しく、E140系アクシオは2007年度のグッドデザイン賞を受賞している[75]。

10代目の形式が「E120」から「E140」に飛んでいる理由は、「E130」が輸入車のヴォルツ[76]および北米専売車種のマトリックスに振られているためである。

なお、今回セダンに関しては海外向けと国内向け、2つのプラットフォームを持つことになる。それは日本国内での根強い5ナンバー需要に対応するためで、従来車の車両寸法をほぼ維持した[77]E140系セダンのアクシオとE140G系ステーションワゴンのフィールダーは事実上ドメスティックモデルとなる。

案外知られていないが、このE140系カローラアクシオは歴代のカローラセダンでは大変珍しく、E140G系カローラフィールダーの逆派生モデルとなっている[78]。

エンジンは1500ccモデルの1NZ-FE型エンジン[79]が継続されるほかは1800ccモデルには1ZZ-FE型エンジンに代わって新開発の2ZR-FE型(DUAL VVT-i対応、136馬力)ガソリンエンジンが新たに搭載された。また、E120系に比べ車重がおよそ100kgも重くなり、格下のベルタと競合するという理由で、[80]セダン専用でありE50系[81]以降から続いてきたカローラシリーズの伝統ともいえる1300ccモデルやフィールダーやランクス、アレックスに搭載されていたスポーツツインカムモデルは廃止された。ただしカローラセダンの1300ccモデルの廃止後は事実上ベルタ[82]がその空いたポジションを受け持つ事となる。

オートマチックトランスミッションは全車CVT[83]である。また、ATを好まないユーザー向けにE120系に引き続いて1500ccモデルの2WD車に限りアクシオ、フィールダー共に5速マニュアルミッションも用意される。ちなみにアクシオは法人向けの「1.5X ビジネスパッケージ」[84]を除き全車にバックモニター機能付5.8インチ液晶ディスプレイとCDオーディオと前後ドアスピーカー[85][86]が標準で装備される。なお、4WD仕様に関してはアクシオの最上級グレードの「1.8ラグゼールαエディション」を除く全てのグレードに設定される。

CMは先代から引き続き木村拓哉が出演(フィールダー)しており、新たに明石家さんま(アクシオ、フィールダー)や浅田美代子(アクシオ)、柄本明(フィールダー)、細野晴臣(フィールダー)も起用された。

トヨタカローラの海外仕様

欧州では5ドアハッチバックの他に3ドアハッチバックも販売されており[70]、後年のWRCのベース車にもなった。足回りでは、ばねとダンパーのセッティングが高速寄りとなっている。また、当初はスパシオが欧州向け車名をカローラ・ヴァーソとして販売されていたが、現在は全幅やホイールベースを拡大した欧州専用の2代目ヴァーソにモデルチェンジされている。
北米ではセダンのみが販売され、前後のデザインが日本や欧州向けとは大きく異なり、スポーティーな印象である。足回りのセッティングは、スポーツグレードを除きコンフォート指向で、北米専用となるオールシーズンタイヤの影響もあり、ハンドリングや乗り味がかなり異なる。余談ではあるが、北米向けのE120系セダンには他国のE120系セダンには設定されていない2ZZ-GEエンジンを搭載したスポーツ系グレードが存在する[71]。ちなみに、当初のイメージキャラクターはブラッド・ピットだった。
アジア仕様車のデザインも北米仕様車のそれに準ずる[72]。また台湾、東南アジア諸国では「アルティス」のサブネームが与えられている。(参考リンク)なお、ブラッド・ピットはカローラ・アルティスのCMでもイメージキャラクターに起用されている。

トヨタカローラの9代目

2000年8月28日、9代目にモデルチェンジ。プラットフォームやエンジンが一新され、NZ、ZZ系エンジンが採用される。

通称NCV[43]シリーズ[44]と呼ばれる。フロントグリルのエンブレムも、それまでのカローラ(花冠)マークではなく、NCVを図案化したものに変更された。また、このNCVエンブレムはセダンのアシスタパッケージ[45]にはフロントグリルに付けられていない。代わりに、トヨタのCIエンブレムがフロントグリルに付けられている。[46]また、一時はカローラの名前を廃止する計画もあったが、最終的に日本を代表する車名という事もあり残されることになったという。

プラットフォームは、V50系ビスタ用およびT230系セリカをベースに再設計および縮小化し、E110系[47]と比較し更なる軽量化を図り走行安定性向上のため、リヤサスペンションが先代の独立懸架式[48]からトレーリングビーム[49]に変更された。全高はE110系カローラセダンに対して90mmも高くなり[50]、全長で50mm[51]、全幅で5mmとそれぞれ拡大し、ホイールベースはT230系セリカと同じく2600mm[52]にまで延長されている。尚、4輪駆動車用には前述のT230系セリカとほぼ共通したバイザッハ・アクスル方式のダブルウィッシュボーン式独立懸架が採用されている。スポーツモデル[53]はこの代で廃止された。[54]。

カローラにとっては初のVSC[55]やTRC[56]といった安全装備が採用された[57]。セダンには1ZZ-FE型1800cc[58]と1NZ-FE型1500cc[59]、セダン専用の2NZ-FE型1300cc[60]の3種類のエンジンが搭載され、フィールダーとランクスには前述3種類のエンジンに加え、2ZZ-GE型1800cc[61]が搭載される。ちなみにガソリンエンジン全車、カムシャフトはタイミングチェーンによって駆動される[62]。4ドアセダンのボディのcd値は前期型から後期型まで0.29。また、フィールダー、ランクスのcd値は前期型から後期型まで共に0.30であった。

2001年10月9日の一部改良に伴い、セダンの「1.8ラグゼール」 (LUXEL) に本革シート(カローラ初)を標準装備した「1.8ラグゼール・プレミアムエディション」が追加された。同時に車体色も1色追加されている[63]。

2002年9月19日に行われた最初のマイナーチェンジでは、エクステリアデザインおよびインテリアデザインの若干の変更[64]、セダン、フィールダー、ランクス全車のリアシートの中央部に新たにヘッドレストが装備された。

2004年4月28日に行われた2度目のマイナーチェンジでは、セダンとフィールダーは特にフロントノーズ周辺の造形が中期型までの丸みを帯びた造形から、押し出しや目鼻立ちを強調した若干角ばった造形に刷新された[65]。同時にインテリアデザインも大幅に刷新されている[66]。また、セダンの1.8ラグゼールにはE100系セダンの前期型の1600SE-G以来、パワーシートが再び採用された。

2004年4月のマイナーチェンジまでは、セダンとフィールダーに3C-E型2200ccディーゼルエンジン[67]も用意されていたが、3C-E型ディーゼルエンジン自体の旧態化[68]および日本国内の環境規制に対応できないため、日本国内仕様のラインナップからは外された。ちなみに、2000年代以降に市販された日本国内向けのトヨタのディーゼルエンジンを搭載した小型乗用車としてはE120系カローラセダン/E120G系フィールダーを最後に前述の通り開発、製造および販売が完全に途絶えている。

3代目カローラの1977年1月のマイナーチェンジ以降(E50系)から、2006年10月のフルモデルチェンジ直前までの9代目カローラ(E120系)まで、およそ30年間存在したカローラの1300ccモデルは、このE120系(セダンのみ)が最後となった。また、全グレードにSuper ECTを用いた電子制御4速ATの採用も、このE120系が最初で最後であった。

トヨタカローラの8代目

1995年5月15日、8代目の110系にモデルチェンジ。前期型のCMキャラクターはピーター・フォーク演じる「刑事コロンボ」。なお当初のCMコピーは「ずっといいですよ。新COROLLA誕生」だった。

好景気の後押しを受け車格を超えた装備と質感を追求し、販売価格も割高だった7代目の反省[38]を元に、バブル経済崩壊後の8代目は大衆車としての原点回帰を元に7代目とは逆に、「価格破壊的商品」を意識したコンセプトで徹底したコスト削減と軽量化を実施した。なお、バン/ワゴンは開発費削減のため、E100系をマイナーチェンジして継続生産された。

1500cc5A-FEエンジン搭載車のATがすべて4速化された。

基本構造は先代のE100系を継承しているが、ボディデザインも抑揚ある複雑な曲線からの簡略化が図られた。品質感の大きな落ち込みが指摘され、要因として硬質プラスチックで覆われた内装、およびセダンのXEサルーン以下のグレードにおける機械(ガバナ)式スピードメーターの採用[39]、黒い素地色がむき出しの二分割バンパー、更にフレームなどの接合に、E100系ではスポット溶接を用いていたが、E110系ではその一部にリベット接合を採用し[40]、製造コストを大きく下げた点などにあるとされ[41]、販売状況は壊滅的なものだった。そのため、1996年5月の一部改良では「SEサルーン」等の一部のグレードに限り無地だったバンパー上部にシルバーメタリックあるいはグレーメタリックの塗装が施され、同時にABS・デュアルエアバッグを装備するなどの改良が施された。しかしこれだけではE110系カローラセダンのイメージを大きく向上させることはできなかった。一部では、当時既に老境に入りつつあったピーター・フォークをCMキャラに起用したことが販売不振の原因の一つではないかと考えられていた。

1997年4月に比較的大規模なマイナーチェンジを行い[42]、通常のカラードバンパー、ソフトパッドに覆われたインストゥルメントパネルなどを用いて、再びE100系並の品質感を得る事となった。最上級グレードが「SEサルーンG」から「SEサルーンLセレクション」へと変更され、ブロンズガラスや木目調パネル、オートエアコンが標準装備された。同時に後席ヘッドレストを分割式に、ヘッドライトをマルチリフレクター式にするなどの安全装備も充実した。(4E-FE車を88ps→85psに変更。)

なお、後期型のCMキャラクターには藤本義一が起用されていた。また、後期型のCMコピーは「ベストセラーカーの責任」である。

また、廃止されていたスポーツグレードのGTが6速MTを装備して復活し、E110系カローラの象徴的なグレードとなった。このGTは先代とは異なりDジェトロ方式を採用し、各気筒独立のスロットルの口径も拡大され、1600ccながら出力は165psに達した。これに伴い、前期型の4ドアセダンで最も人気薄とされてきたグレードの「1.6 Sクルーズ」は廃止された。4ドアセダンのボディのcd値(空気抵抗係数)は前期型、後期型ともに0.31であった。

1998年4月の一部改良では、ディーゼル車がこれまでの2000ccから2200ccのEFIディーゼル(3C-E型、79ps)に変更された。1300cc4E-FE型エンジン車のマニュアルトランスミッションが4速から5速に変更になる。

しばらく続いていた4年サイクルをこの代からやめることになり、2000年8月まで5年3ヶ月間販売が続けられた。

トヨタカローラの7代目

1991年6月、7代目にモデルチェンジ(ワゴンは同年9月にモデルチェンジ)。このモデルは歴代で最も豪華な内容となった。キャッチフレーズは「大きな 愛のような カローラ」。発売当初のCMソングは、さだまさしの「奇跡-大きな愛のように-」。数ヶ月後には同じくさだまさしの「ありがとう」がCMソングとして起用された。

エンジンは、先代から搭載されている5A-FE型1500cc、4A-FE型1600cc(ハイメカツインカム)と4A-GE型1600cc(スポーツツインカム)[33]、新開発の4E-FE型1300cc(前期型は100馬力、後期型は97馬力)を搭載。ディーゼル仕様は二輪駆動モデルも四輪駆動モデルも2C-III型2000ccに統一された。

1500cc5A-FEエンジン搭載車のMTが全て5速化された。

上級グレードのSEリミテッドは、デビュー当初SE-Lという名称であったが、古くから同様の名称を使用しているメルセデス・ベンツからクレームが入り、以前使用していたSEリミテッドに名称を変更した経緯がある。

100系カローラは、バブル景気で質感向上を追求する時代の後押しを受けたことや、先代の90系カローラが上級車種に匹敵する高級感を持って大ヒットしたため、その路線を昇華させた形で登場した。重要回路に金メッキ端子を採用したり、ボディ全体の80%以上が亜鉛メッキを用いた防錆鋼板を大幅採用する[34]など品質、内外装の質感は非常に高かった。装備も当時の大衆車の水準を大きく凌ぎ、前期型の最上級グレード(1600SE-G)には運転席パワーシート・電子制御パワーステアリングが装備されていたほか、販売価格の面でも小型セダンにしてはかなり割高なものだった[35]。

1992年5月には全高の低い4ドアハードトップのカローラセレスが追加された。姉妹車はスプリンターマリノ。TRDから、セリカ(ST202型)に使われたトランスミッション、ドライブシャフト、および3S-GE型2000ccエンジンを搭載した特別仕様車「TRDカローラ2000」(セダンベース)[36]が東京地区のみで販売された。ちなみに、セレスベースのTRDセレス2000も存在するが、これはTRD関係者が特別に依頼した物である。

1993年5月にはマイナーチェンジが行われた。グリル・バンパー・テールライト・ホイールキャップの形状変更や、シートクロスの柄が変更されるなどの変更を受ける。また、SE-Gのデジタルメーターのオプション設定とパワーシートがコスト削減の流れで廃止される。SEリミテッドにおいても価格が下げられ、1500XEのAT車も4速化された。しかしながら、カローラ歴代史上最高(1990年代当時)とされる高い内外装の質感はほぼ変わらなかったため、1995年のモデルチェンジ時まで高い人気を維持して生産し続けられた。CMキャラクターは、イッセー尾形と東ちづる。

E110系登場後もワゴン、バン、セレスはE100系のまま生産が続けられ、セレスは1998年3月頃まで(モデル廃止)、ツーリングワゴンは2000年8月まで[37]、バン及びビジネスワゴンは後継車の「プロボックス」にバトンタッチされる2002年8月まで生産された。この間、ワゴンは1995年のE110系セダン登場と同時に行われたマイナーチェンジ時に4WD車を、翌1996年5月には4A-GE型エンジン搭載のBZツーリングをそれぞれ追加し、さらに翌々1997年4月の大幅なマイナーチェンジ時には、BZツーリングに6速MTが搭載された。この時のCMキャラクターに篠原ともえとユースケ・サンタマリアが起用され、「カロゴン」の愛称が定着し、「カロゴンズ」名義でCMソングも発売された。なお、バン/ワゴンのディーゼルエンジンは、1998年4月にE110系セダンのディーゼルエンジンが3C-E型2200ccに変更された時に、同時に3C-E型に変更されている。

トヨタカローラの6代目

1987年5月、モデルチェンジ。日本市場では販売が振るわなかった5ドアリフトバックは、カローラでは廃止されたが、「シエロ」のサブネームを与えられ、スプリンターに残された。

同年8月にワゴンをモデルチェンジ。同年10月にセダンにフルタイム4WDが追加される。なお、この代から北米仕様のカローラセダンは、4ドアセダンのみの販売になる。また1988年2月、二代目となったスプリンターカリブも90系カローラのプラットフォームに変更され、モデルに加わる。

典型的なキープコンセプト(特にセダン・FX)でのモデルチェンジだったが、特に最上級グレードであり、販売の中心となった「SEリミテッド」(後期型では「SEリミテッドG」)の内外装は、当時のマークIIクラスに肉迫する高級感と高い品質感が特徴で、装備面でも電動格納式リモコンドアミラー、ワンタッチパワーウィンドウや高級モケットシート、エレクトロニック・ディスプレイメーター、TEMSといった、それまでひとクラス上にしかなかった装備が数多く採用された[29]ことでクラスレス化を謳い、のちのバブル景気へと繋がる好景気との相乗効果もあり大ヒットとなった。

キャッチコピーは前期型は「ニッポンの自動車の新しい物語が始まります。」、後期型は「この国のセダン」。

エンジンは1500cc以上はすべてDOHC16バルブとされ、1300ccSOHC12バルブのキャブレター(2E型)、1500ccハイメカツインカムのキャブレター(5A-F型)とEFI(5A-FE型)、1600ccのハイメカツインカム(4A-F型)とスポーツツインカム(4A-GE型)を搭載。この他、1800ccディーゼルエンジン(1C-II型)が用意された。なお、1600ccハイメカツインカムは4WD専用とされた。1988年5月の一部改良ではセダンの1500SEリミテッドに5A-FE型が追加される。

モデル後期の1989年5月には、1500cc及び1600ccエンジンがすべてEFI(電子制御燃料噴射)化され、1500ccに追加された「SEリミテッドG」のみカムシャフトのプロフィールを変更し既存の5A-FEに対し出力を11馬力向上させた5A-FHE型ハイメカツインカム[30]が設定されるとともに、2C-III型2000ccディーゼルエンジンを搭載する4WDモデルが追加された[31]。1800ccディーゼル1C-IIを1C-IIIに換装、1300cc2Eは電子制御キャブレターとなった。また、パワーウインドウのスイッチも前席のみドアアームレストに内蔵された。

また、このモデルからフルタイム4輪駆動モデルが設定されているが、搭載されるエンジンやトランスミッションごとにシステムが異なり、ガソリンエンジンのMT車にはメカニカル・デフロック付フルタイム4WD、ガソリンエンジンのAT車には電子制御油圧式ハイマチック4WD、後期に追加されたディーゼルエンジン車(MTのみ設定)にはビスカスカップリング・センターディファレンシャル式のフルタイム4WDが搭載された。リアも駆動輪となった4WD車には、AE85型/AE86型カローラレビン・スプリンタートレノ用の燃料タンクや4リンク・リジッド・コイル式のリアサスペンションなど、FR用のコンポーネントが流用されていた[32]。

トヨタカローラの5代目

1983年5月、5代目にモデルチェンジ。2/3ドアのクーペカローラレビンを除き、前輪駆動化される。スタイリングはジウジアーロで、特に新規設定の5ドアリフトバック[26]は欧州色が強い。

後輪駆動で残されたカローラレビン(AE85型/AE86型)は、姉妹車であるスプリンタートレノと共に通称「ハチロク」と呼ばれ、ドリフト族等に人気を博した。現在でも漫画「頭文字D」などの影響で人気が高い。ステアリング形式は全車、ラック&ピニオンを採用。このE80系カローラ以降からはホイールハブのP.C.Dはカローラレビン以外はすべて100.0mmとなる[27]。しかし、レビンとは対照的に日本国内では特に基本形となる4ドアセダンのスタイリングが当時のカローラにしてはあまりにも斬新かつ若々しすぎるために、一部の年輩ユーザーは戸惑いを隠せなかったようである。

1600cc4A-ELU型エンジン車には電子制御4速オートマチック(ECT-S)搭載車とオプションとしてカローラ初のデジタルメーター・オートドライブが設定された。

1984年1月、一部変更/1500ccの「SEサルーン」と「SE」は4速オートマチック化されフルカラードバンパーを装備/ドアミラーは電動リモコンの可倒式に変更

1984年10月、カローラFX(ハッチバックモデル)登場。国内グループAレースで活躍。シビックと死闘を繰り広げる。このFXの登場に伴い、4ドアセダンにも新たに4A-GE型エンジンを搭載した1600GTが設定された

CMキャラクターは郷ひろみ(前期型、後期型共に)。最初はCMソングとして自身の「素敵にシンデレラ・コンプレックス」[28]が使われていた。その後「素敵に…NEWカローラ」のキャッチコピーの下、映画「アラビアのロレンス」のテーマ曲に合わせ、郷がアラビア衣装を身に纏い砂漠で佇むシーンがあった。また別バージョンで、雨の中で郷が同車を運転中、子犬が舞い込んでくるといったほのぼのとしたCMもあった。

1985年5月のマイナーチェンジでは、1300ccのガソリンエンジンがこれまでの2A-LU型からEP71系スターレットと共通の2E-LU型SOHC12バルブガソリンエンジンに換装され、動力性能が若干向上した。後期型のキャッチコピーは「それ以上のNEWカローラ」。また後期型の「SE系」は、カローラで初めて後席センターアームレストを装備したりと、次期モデルのE90系へと繋がる豪華さを持つようになった。

1986年9月には純白のスーパーホワイトのフルカラーボデーに電動格納式ドアミラー(カローラ初)・パワーウインドーを装備した20周年記念特別仕様車「SEサルーンリミテッド」を追加。

トヨタカローラの4代目

1979年3月、4代目にモデルチェンジ。主力の1400ccT-U型に代わって新開発の1500cc、3A-U型[18]が搭載される。発売当初のキャッチコピーは「いい友、誕生」。

ボディバリエーションはデビュー当初E50系と同じ2ドアセダン[19]、4ドアセダン、2ドアハードトップ、レビンを含む3ドアクーペ、3ドアリフトバック、2ドアバン[20]、4ドアバンの構成で[21]

ステアリングギアボックスの形式は、デビュー当初は1300cc車のみP60系スターレットと共通のラック&ピニオンで、他はリサーキュレーテッドボールであったが、1981年のマイナーチェンジ後には1500cc車にもラック&ピニオンが採用される。また、この代から全車にフロントディスクブレーキを採用する。

サスペンションは、前輪は従来からマクファーソンストラット + コイルスプリングだが、後輪は縦置き半楕円リーフスプリングから、固定車軸ながら、4リンク + コイルスプリングに改良された。

また、日本国内向けにE70系4ドアバンをベースにミドルルーフとしたワゴンが1982年5月に追加されている。これは日本向けとしては初のカローラワゴンとなる。エンジンは当初、1300ccの4K-U型のみの展開で、グレードは1300DXと1300GLの2種、トランスミッションは4速MTのみ。のちに1800ccディーゼルの1C型(SOHC、65馬力【グロス値】、トランスミッションは5速MTのみ)も搭載される。ただしリアサスペンションはE70系バンと共通で、リーフリジッドを採用する。国内向けE70系ワゴンは1983年5月に大規模なフェイスリフトを実施し、1987年8月頃まで生産された。

1979年8月には、1600シリーズの代替としてカリーナやセリカなどの上級小型車に搭載されている1800cc、13T-U型ガソリンエンジン(OHV、95馬力【グロス値】)搭載の1800シリーズが登場するが、車重増加(特にフロントまわりの重量増加)によるドライバビリティやハンドリングの低下[22]と、税制上の問題から販売不振となり、1981年にカタログ落ち(廃止)となる。その後、カローラシリーズの1800ccのガソリンエンジンモデルは、E110系の初代カローラスパシオの4WDモデルの登場まで不在となる。

1981年5月にはワールドベストセラーカーを記念して4ドアセダンに特別仕様車「ビクトリーシリーズ」を発売。

1981年8月に大規模なマイナーチェンジが行われた。1300/1500が従来エンジンを改良したレーザーエンジンに換装された。バンを除く全車に異形角型2灯式ヘッドライトおよび全車に13インチスチールラジアルタイヤが採用される[23]。さらにセダン系は、リアコンビネーションランプも大型化される。また1500SEには、パワーステアリングを標準装備/1500と1600にはオートエアコンもオプション化/1300は3速AT化/女性ドライバーの増加に応えて、ハードトップに女性仕様「ライム」を追加。

1982年2月には、カローラとしては初[24]のディーゼルエンジンが搭載された(SOHC、1800cc、1C型、65馬力【グロス値】)。モデル後期にはCMに伊武雅刀を起用。ディーゼルエンジン搭載車にはカローラ初4速ATも採用。

1982年5月には、ハードトップに次いでセダンにも「ライム」を追加。

モデル末期には特別仕様車として、カローラ初のツートンボディカラーを採用したセダン1500SEサルーンとお買い得仕様のセダンGLエクストラ、更にセダン1300STDをベースに若干装備を充実させ車両価格79.9万円を実現した1300エクストラ、生産累計1000万台達成記念車が次々と発売された。

4ドアセダン・3ドアリフトバック・2ドアハードトップモデルに2T-GEU搭載のGTが追加[25]。特にセダン1600GTはラリーフィールドで活躍した。ちなみにFR時代のカローラセダンとしては最初にして最後の2T-Gエンジン搭載車だった。

バン/ワゴンは、セダンが前輪駆動化された後もルーフをセミハイルーフ化およびマイナーチェンジを8月に実施し、1987年まで継続生産された。

トヨタカローラの排気ガス

昭和48年、50年、51年、53年の排出ガス規制に跨り販売された3代目は、エンジンの改良が繰り返され、その都度、排出ガスの運輸省届出値も変わるため、30から50、51、55などへ、型式(かたしき)が目まぐるしく変更された。変更の履歴・概要は次の通り。

1974年4月 カローラ30登場。
1200シリーズ KE30(セダン)、KE35(ハードトップ)
1400シリーズ TE30(セダン)、TE35(ハードトップ)
1600シリーズ TE31(セダン)、TE37(ハードトップ)
バン 1200 KE36V
バン 1400 TE36V
1975年1月 ハイオク仕様車廃止。
1975年11月
1400シリーズ T-U型エンジン(TTC-C 触媒方式)で昭和50年排出ガス規制適合。型式はA-TE30(セダン)、A-TE35(ハードトップ)。
1600シリーズ 2T-U型エンジン(TTC-C 触媒方式)で昭和50年排出ガス規制適合。型式はA-TE31(セダン)、A-TE37(ハードトップ)。
バンシリーズ 昭和50年排出ガス規制適合。型式はH-KE36V / H-TE36V。
2T-GR型エンジン廃止に伴い、レビンシリーズ一時生産中止。同時にデザイン小変更。ボンネット熱抜きアウトレットがコスト削減のためダイカスト別体型からボンネットプレス一体型に。ドアロックが丸から四角形に(セダンのみ)。
スピードメーターが180キロ表示から160キロ表示に。排気温警告灯追加。リア2点式シートベルト追加。

リフトバック1600(TE56)1976年1月
リフトバックシリーズ(E55)発表。
1200シリーズ 3K-U型エンジン(TTC-C 触媒方式)で昭和51年排出ガス規制適合。型式はB-KE50。
新1600シリーズ 12T型エンジン(TTC-L 希薄燃焼方式)で昭和51年排出ガス規制適合。型式はB-TE52。
1976年5月
1600シリーズ 2T-U型エンジン(TTC-C 触媒方式)で昭和51年排出ガス規制適合。型式はB-TE51。

クーペボディーは前半がE50系リフトバック、後半はE40系スプリンターからの流用。
写真はレビン(TE51)1977年1月 マイナーチェンジ。
1400シリーズ T-U型エンジン(TTC-C 触媒方式)で昭和51年排出ガス規制適合。型式名はB-TE50。
レビンシリーズ生産再開。従来の2T-G型エンジンに電子燃料噴射装置(EFI)を追加した2T-GEU型エンジンで昭和51年排出ガス規制適合。型式はB-TE51。
セダン・ハードトップの外装はフロント・リアデザイン変更。フロントエプロンはスポイラー形状になる。
リフトバックのフロント周りをスプリンタークーペのボディーと組み合わせた、クーペシリーズを追加、これに伴いレビンも2ドアハードトップから2ドアクーペに変更され、逆にスプリンターには2ドアハードトップが追加される。
内装はインパネがセダン、ハードトップ、クーペとも、マイナーチェンジ前のものとは全く別デザインとなる。
上級車種には対米輸出仕様と同じ外観の、5マイルバンパー風大型バンパーが装備された[17]。
1977年8月
1600シリーズ(MT車のみ)12T-U型エンジン(TTC-C 触媒方式)で昭和53年排出ガス規制適合。型式はE-TE56。
1977年10月
1200シリーズ(MT車のみ)の排気量を1300ccに拡大し、4K-U型エンジン(TTC-C 触媒方式)で昭和53年排出ガス規制適合。型式はE-KE55。
1978年5月 マイナーチェンジ。
1400シリーズを除き、昭和53年排出ガス規制適合。1200シリーズAT車も1300ccの4K-U、1600シリーズのAT車も12T-Uに変更。2T-GEU搭載車はE-TE55に型式変更。
セダン・ハードトップは、排気量の違いにより、2種類あったフロントデザインを廃止、排気量を問わず、セダン用、ハードトップ用のみとした。クーペ、リフトバック用も意匠変更。
STD、バンを除き、大型バンパーを採用。左右リアコンビランプの間に社名入り(旧"TOYOTA"ロゴ)ガーニッシュ採用。セダンのドアサッシをブラックアウト化。
ホイールキャップを廃止、KP61型スターレットと同じデザインのスチールホイールとした。
サイドデフロスタ、チャイルドロックを標準とした他は、内装に変更無し。
シリーズのグレード構成を縮小した。

トヨタカローラの3代目

1974年4月、E30系にモデルチェンジ。3代目カローラは、型式番号からとって「カロ-ラ30(さんまる)」と称されて登場した。同時にスプリンターはE40系となり、型式(かたしき)としては独立したシリーズとなった。

従来通り排気量は1200/1400/1600の3シリーズ構成で、グレードはセダン1200STD/DX/HI-DX/SL、1400DX/HI-DX/SL,1600HI-DX/GSL、ハードトップ1200DX/HI-DX/SL/SR、1400DX/HI-DX/SL、1600HI-DX/SR/GSL、そしてホッテストバージョンの「レビン」であった。

ボディータイプは2ドア・4ドアセダン、4ドアワゴン、2ドア・4ドアライトバンのほか、クーペに代わってハードトップがカローラ専用に与えられ、クーペを擁するスプリンターとの棲み分けが図られた。また、1200と1400/1600シリーズで2種類のフロント及びリアのデザインが与えられている。

従来型よりひと回り以上大きくなったボディーは、走行安定性や室内居住空間の拡大といった「ゆとり」を生むとともに、来たるべき排出ガス規制にあわせ、熱害対策や処理デバイスを取り付ける空間の確保という意味合いもあった。

メカニズムは従来型のキャリーオーバーである。エンジンは1200が3Kの改良型3K-H(STD,DX,HI-DX)/ツインキャブレギュラー仕様の3K-B型(SL,SR)。1400がT型(DX,HI-DX)/T-BR型(SL)、1600が2T型(HI-DX)/2T-BR型(GSL)、そして2T-GR型(レビン)及び2T-G型(同有鉛ハイオク仕様)である。トランスミッションは4速MT、5速MT、2速ATの設定のほか、1400以上はコロナ用の3速ATも準備された。サスペンションはフロントがコイルスプリング + ストラット、リアはリーフスプリング + リジッドアクスルであるが、同じ構成の日産・サニーに比べトラクションが掛かりにくく、テールハッピーであった。

安全対策も充分に配慮され、全車インストゥルメントパネルはフルパッドで覆われており、腰部と肩部が分割ではない(一本ベルトの)自動巻取り式フロント3点式シートベルトは、トヨタ車初の採用である。DX以上は衝撃吸収ステアリングコラムが、HI-DX以上はフロントディスクブレーキが標準採用されている。

このように車格がコロナ並となった3代目は、歴代のカローラの中で最も生産台数の多いモデルとなった。

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